2025年は、私が海外に住み始めて10年目の年になります。あっという間の10年間だったなと感じます。
私は、日本とカナダを行き来する生活をしており、これはまさに自分が理想とする生き方だと思っています。
でも、この10年間が決して簡単に過ぎていったわけではありません。
たくさんの挫折や悔しい思い、無力感と向き合ってきました。
それでも、その度に悩んだり、壊れたり、回復したりを繰り返して、今の自分があると感じています。
せっかくの10年目ということで、少し振り返ってみようと思います。
私と英語との出会い
私は小学校3年生の時に、父の仕事の関係でアメリカ・ニューヨークに1年間住んでいました。最初は英語も全くわからず、通っていた英語学校で”Cat”(ねこ)すら言えなかったこともありました。
日本で通っていた英語学校では泣いてしまうこともありましたが、アメリカの公立小学校に通ううちに、行きたくないと思ったことは一度もなく、帰国する頃には、「日本に帰りたくない」と思うほど、アメリカの生活に馴染んでいました。
この経験がきっかけで、いつかまた海外で生活したいという思いが芽生え、その時にできた大親友ともっと話をしたい!という気持ちがモチベーションとなり、ずっと英会話を続けてきました。
初めての短期留学
大学1年生の夏、初めて一人で短期留学することになり、行き先はもちろんニューヨーク。目的は親友に会うことですが、せっかくだから語学学校に通い、ホームステイもしてみることにしました。
ところが、
✔︎英語が通じない
✔︎聞き取れない
という予想外の事態が発生。
英語は得意科目だと思っていたのに、まさかの状況でした。
でも、その経験がきっかけで、英会話に対する熱意がさらに強くなり、それから毎年海外に旅行したり、短期留学したりするようになりました。実践で学ぶことの楽しさやスリルを感じ、失敗から得るものも多かったです。
長期留学が決まったとき
海外に住みたいという思いは変わらず、ゼミの教授にもいつか海外の大学院に行きたいと話していた矢先、予想外に母校の大学院に進学することに。その時、教授から留学できるかもしれないという話があり、これも進学の決め手の一つとなりました。
そして、留学先で2年目に進学させてくれた教授には感謝の気持ちでいっぱいです。
最初は1年の予定でしたが、VISAの取得に関して思わぬトラブル?!が発生。結局、ワーキングホリデーVISAを取得することになり、その後、研究助手として働くことになりました。これが嬉しいサプライズではありましたが、全てが初めてのことで、本当に大変でした。
留学中の初めての衝撃
キャンパス内で迷子になり、初めてのミーティングで研究テーマの話をされたとき、事前に論文を読んで理解していたつもりでも、話されている内容が全く分からず、焦ったことを今でも覚えています。
移住して一番大変だったのは、リスニングです。ネイティブはとにかく早く話すし、ノンネイティブの人も強いアクセントで話してくるので、どこで会話に入るべきなのかがわからないことがよくありました。
また、医療用語や科学用語の発音も全く異なり、最初の3ヶ月はカタカナ英語が通じないことで本当に苦労しました。
留学中の苦難
留学中、何度も何度も悩みました。
同じ研究室で指導してくれていた研究者との関係がうまくいかず、何度も振り回されることがありました。
そのため、2年目の更新を渋っていたのですが、その時には英語で交渉する力もついていたため、問題を解決することができました。
その後、2年目は研究を自分のペースで進め、少しずつ結果も出てきました。そして、論文を書くこともでき、貴重な経験となりました。
帰国後の生活
2年の留学を終えて、2017年夏に帰国しました。
帰国後は、今の夫と遠距離恋愛をしていました。無事に博士号を取得し、助教として大学に残り数年働きました。
移住への道
2020年に夫と結婚し、カナダに移住することになりました。
当初はすぐに結婚することは考えていなかったのですが、コロナの影響で計画が変わり、結婚してカナダに移住することに決めました。
永住権取得までの道のり
永住権の申請をしてからは、本当に大変でした。2年近くかかり、ようやく2022年に永住権を取得することができました。
その間、ペットのウサギとの生活が始まり、赤ちゃんウサギが亡くなったことがトラウマになり鬱になりかけましたが、時間が経ち、仕事も見つかり、毎日勉強を頑張ってきました。
そして、次なる課題にぶつかり...その話はまた次回にお話ししたいと思います。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!